Tsunmi日和

ひっそり更新中☆HPはずっとお休み中(笑)

移植前に一時帰宅  

今日は家の事に少し手間取り、
面会に行ったのが16時になってしまいました。

昨日同様抗菌処理して、入室、
ビニル壁を隔てての面会。

やはり昨日みたいに患者以外が中まで入るのは特別なようです。

今日義兄がお迎えに来てくださって、一泊外泊するので、看護婦さんが来て姉の体から点滴の管を外してくれました。

お薬の処方も整っており、
あとは義兄の持ってきてくださる洋服とくつが揃えばほぼ出られる感じでした。体調も良さそうです。

姉の義母がすき焼きを用意して待ってるそうで、

『あちらで食べるのもなぁ。。』

と、本心少し遠慮があるようでしたが、とにかく今は決して悪い状態になってはもともこもないから、
『甘え、それは甘えではなくて遂行せねばならない使命だと念じて絶対家事とか何にもしないこと』を
よくよく話して来ました。
愛犬との、積極的な接触はやはりあまりしないように言われたらしいですが、
姉のことを大好きでたまらないワンコは飛びついてくるのでは。。

そこが心配です。
ナースエプロン1枚くらいもらって行けば??と冗談を言っときましたが、
なにかそれこそエプロンでもすれば直接服に触れずに済むかもしれないですね。

とにかく、久々の家、のんびりよい時間わ過ごしてくれれば良いなと思います。

無菌室めん会では、ビニル壁を隔てた会話となるわけですが、私もあまり耳が良くないから聞こえ辛い。。
小さな窓口があいてるのですが、ついついそこへ頭をつっこんでしまいました。

お隣さんが居ますのでそうそう大きな声も出せませんし。これ、今後の課題です。。

お隣さんは男性で、今日は家族がきてました。
前処置をしたばかりでしょうか、姉がいうには昨夜相当気持ち悪くなっていたらしく、
ゲーゲーと苦しんでいて、気の毒でたまらなかったとのこと。。

自分と照らし合わせて恐怖心が起きたのでは、と推測致しましたが、姉は私を気遣ってか、気の毒だ、という感想しか言っていませんでした。
しかし姉の心の中を思うと本当に怖かっただろうと思います。

症状は、人それぞれ個人差もあるみたいだからねぇ、とさりげなく流しましたが、
それくらいしか私には言ってあげる言葉がなく、可哀想で仕方ありません。

とにかく励まして励まして、気持ちを強く持たせてあげられたら、、、そう思うばかりです。

面会を終え、エレベーターで降りてきたら、義兄と娘が姉を迎えに丁度来た所でした。

一時帰宅で、のんびりと自宅の安らぎと家族の温かさを味わってれますよいに……………。
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無菌室・・・母と富士塚  

年明けてすぐの、
敗血症から姉は立ち直ることが出来ました。
約2日程度のICUから一般病棟へ戻ってくるという、
驚きの快復に皆喜びました。
しかし除菌の意味の大きさをあらためて感じたり、面会する我々の意識ももっとしっかりしなければ、と
つくづく思い知らされました。

さて、本当に急な話で、姉は無菌室移動しました。

ここでは本当に辛く苦しい施術が待っています。

昨日無菌室入りの話が上がり、今日の夕方移動、という
スピーディな話に驚きましたが、ちょうど1室空いたこと、姉の体調が落ち着いてきたこと、
などを考えてのことのようでした。

個室にあったそれなりな大荷物を今度は無菌室A(抗菌度の高いタイプの部屋)へ運び入れてきました。
シャワー、トイレ、ベッド、テレビ・・
全部揃って8畳間くらぃ・・・?歩くことが少なくなるので
姉の筋力は一気にここで落ちていくこととなりました・・・。
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検査づくめ  

敗血症から落ち着いて、少し穏やかに過ごせるかと思いきや、
本当にお疲れ様としかいいようのない1日。

でもこれから毎日、予定表では書かれていない細かい検査も多々あるようで、まだ序の口みたい。可哀想に。

今日は朝8時に食前の採血があり、年末あたりから頸部の管から採血がしにくくなっていた様子ですが今日もダメで腕から取ったそうですがなかなかな出なくて、左右から取ったみたい。痛々しい…。

採血が始まり時間がかかり、9時にやっと朝食となって食べてるそばからリハビリの先生が来てリハビリ室へ。

そこでひとつ検査をしたかと思ったら部屋に戻るとすぐにまたリハビリ。
あっという間にお昼ご飯になったそうです。
午前中にまるで他の検査が出来なかったので午後一かと思ったのですがちっとも呼ばれず、採尿のために我慢してたトイレも結局限界でトイレへ。
だから大量だったそうです。汗
今はオシッコの量も計ってるのでその時は500ccだったとか。

利尿薬は今は使わずにいれてるみたいですが、むくみは良くないので経過観察してるようです。
私が行った時間でやっと眼科、
レントゲン、そして戻ってきたすぐにまたMRI、、、5時を回ってやっと終了。

ご飯食べ始めました。

疲れていたでしょうが、割とよく話し、最近はよくテレビを見てるので川崎の事件や、数日前うちの近くで行方不明の女児の事件があるのですが、そんな話とか、検査室の前で待ってると、プーさんのパジャマの子供っぽい感じが似合わないのか周りの人がジロジロ見ていく…などと、色々話しました。

6時半になり、そろそろ…と思っていたら先生がいらして、明日の検査予定表では書かれていないけど、骨髄検査もやることに加わりました。痛いの大変、可哀想ですがなんとか乗り越えてもらいたいです。

今日はお昼にうどんが出たらしいですが、うどんには七味が無くてはパンチが無くて物足りない(笑
なんて言ってました。

辛いもの大好きですものね。わさびが凄く好きなんですってね。とてもそんなもの口にいれられないですけどね。

またいつか、
やめなよ!!ありえない!
と周りをヒヤヒヤさせるほど唐辛子をもりもり食べるような姉に戻れたら良いけど…

まあ、怖くてそんなこと、きっと一生やらない姉でしょうけれどね。

17日には母とまた来ると話しておきました。
両親がくる事もとても楽しみな様子。

無菌室に入ったら、洗濯とかきっと色々頼むね、お願いね、と言われてきました。
あまり自宅の洗濯機には自信がないのかもしれない。。

どんな洗濯機使ってるんだろう…汗

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ドナー体験最終と姉の敗血症  

朝。
ICUに移った姉の、一般病棟に置かれた荷物をまとめて(名前等の確認も)
運ぶことから始まりました。
それほど多くは持ち込めない、とのことで
本当に必要なものだけ・・をよりすぐるワケですが・・・

う~わかんなぃ。。。

とはいえどうにか早く行わないことには。
個々にビニールに入れて運んでいくとICUには入れてもいらえず入口で荷物を引き渡すような形になりました。

でも中から姉こちらを見て、
『リップクリーム!リップクリーム持ってきた??』
と思いのほか大きな声でいうので
『あるよ!持ってきたよ』と答え、
昨日のひどいむくみからはかなり解放された様子を覗い少しホッとして部屋に戻りました。
透析は成功だったようですね^^

9時を過ぎた頃姉の主治医が私のところへ来て、
『本当に頑張ったよ、かなりいいよ。だいぶ落ち着いてるからね。この分だと一般病棟に戻るのは直ぐかもしれないよ』
温厚な顔の割には言うこときついそのU先生ですが、ものすごく姉を褒めてくれてとても嬉しく思いました。

午後からいよいよ私の採血(細胞採取)が行われるので
その前に幾分朗報が聞けたことで私の緊張も和らいできました。

流石に採取当日は外出はもらえず部屋待機。
きっかり時間になるとお呼びが。

とにかく広い病院でしたので、今行ってもその輸血室、というのがどこなのか一人じゃいけないかもしれない。
そこは思ったより狭く、でも驚く程抗菌されたクリーンな状態であることは分かりました。

分娩台に似た(笑)ベッドというか椅子というか
そこへ腰掛け半寝体制。
分娩台は足が広がるけどこれは腕が広がる。真逆だなー。
そして両腕にハリが入る。
先生の自己紹介と、助手さんのお話、そして
だいたい3時間~位の間過ごすための見たいDVDを選んでと言われる・・・。

あー氷室さんのDVD持ってくれば良かったなぁ。

数本ある中でキアヌリーブス(大好き)のマトリックスがあったので、もう何回も観てるけど
『これでお願いします』とお願いする。

映像が始まるとともに、
す~~~っと腕の中に冷たいものが通っていく感覚。
そして右腕からどんどん自分の血液が流れていくのを見る。

しばらくすると左についてる管に血液が戻ってくるのを確認。

すごい機械があるもんだ!!!!!

姉に必要な細胞だけを抜き取るなんてねぇ~。

楽な姿勢で、、、と言われていたからだらーっとしていたけど
今更ながら気づくこと・・・。
人間、体制変えずにじっとしてるのって結構しんどいのね・・・。
足動かしたい、腕動かしたいだけど動いちゃダメ~

キアヌの甘いマスク見とれてないと意識が体に行ってしまうので、映像集中だけを考えて、
予定時間プラス数十分を、そこで過ごさせてもらいました。
だけど私より、
そのなんちゃら分離器につきっきりで、失敗がないか、異常はないか、、、っと
ずっと立ちっぱなしの看護師さんの方が何倍も大変なことだったんだろうなぁ。


部屋への戻りは車椅子(ーー;)なんでもないのに。
でも多少の貧血が起きる可能性も考えて、、のお手配。

細胞量が足りてれば、
明日は帰宅・・・となりました。

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敗血症  

骨髄採取入院の三日目。
とんでもないことが起きました。

私は入院して後、面会時間関係なく姉の病室を訪れる特権を得て浮かれてたのですが
昨日の夜ものんびり姉と話をして、
『じゃーね、また明日ね^^』と就寝についたのですが、朝になり回診の始まる前にまたそっと姉の病室へ行ったところ・・・。

大勢の看護士さんが姉を囲んでいました。
いっぱい管もついてました。そして、姉の顔がパンパンに腫れていて、ちょっとパニック気味の様子で、私の顔を見るや否や、
『femiごめんね、なんかね、こんなで、どうしよう、苦しい』

なにが起きたのかさっぱり分からず、でもここに私が居てはいけない状況だと思い、とりあえず廊下に出て看護師さんに話を伺うことに。
すぐに主治医も来て下さり、このショックな出来事が一体なんなのかを聞くことが出来ました。

その後の私と言ったら、落ち着け落ち着けと思いながらも心臓は鼓動が早くなるばかり・・。
こうして過去記録として書くにもうまく言葉になりません。

下記、その時両親にあてたメールで綴ろうと思います・・・・。



『いまドクターが私のところへきて、お兄様に連絡つかないから知らせておいて、とのことなのですが、姉が高熱で今震えが出てるらしく、感染症の恐れ・・・というより感染症でしょう。。
これこらCT検査をするそうです。
昨夜まであんなに元気だったのに、と思うと可哀想で仕方ありません。
腹痛も同時に訴えてるとのことですので腸の潰瘍からきてる感染症かもしれないとのことです。
また様子わかり次第連絡します。』


驚く両親はすぐにここへ来ると言い出しました。

『 ICUに移動になりました。
こちらは、面会は13時から15時と、限られてます。
ついさっきのことですので、お兄様が夕方来次第一緒に面会をお願いするように頼みました。また連絡いたします』


その後もう飛び出てこようとする両親をどうにか止めなければ・・・と考えるように成りました。
きっと母は特にこの状態を見たらパニックになるだろうと・・・。

『看護婦さんの話だとやはり感染症みたいです。ICUへの入室はなかなか厳重なようなのと、滞在が長くは居れないこと、そして明日の面会希望のお話ですが、私が13時頃は輸血室というところでの処置をしているため、身動きできないので付き添える可能性もほぼありません。夕方また様子見て連絡します。いま急性転化の不安をメールで受けましたが、そのような話はまだ聞いていません。あくまで感染症と聞いてます。でもこの感染症が命取りになりますから油断できませんね。また外部菌の持ち込みも大変恐ろしいので、まず先生の話でも聞けたらそれもお知らせ致します。
恐ろしくて震えが来ました。 病室今、4人部屋に私が1人で居ても立ってもいられず、外出許可書も出てるので、少し外の空気を吸いに来ました。すぐ戻りますが。寝てると実は身体中の骨が粉々になるような感覚があり、歩いてると良いので。先生や看護婦さんも気分転換をした方が良いと言ってくださってます。明治神宮にお参りに行って姉の無事を祈ろうかと思います。』


多少の余裕を見せつつ両親も落ち着いて欲しいとまたの連絡を約束しつつ待機を願いました。

『つい先ほどお兄様からこれから向かうとメール来ました。
今、看護師さん、コーディネーターさん、K先生から次々回診を受け、
姉のことを伺いましたところ、
高熱と血圧低下、嘔吐や腹痛など様々な症状があるので、全てにおいていち早く対応できるようにするためのICU移動だと皆おっしゃってました。
移植日の変更は考えられますが、わたしから採取する細胞は凍結させるので問題なく、少しでも早く移植できるようにチームで頑張りますよと先生方仰ってます。信じましょう。
隣の個室はまだ姉の名前がついてます。
すぐ戻る可能性もありますね。
また後でメールします』


不安げな両親、伝えなければ良かったかなと、ちょっと後悔もありましたが、知らずにいることの辛さ、それもかわいそうと思い・・・。
嘆く母にかける言葉を探しました。

『どんなに離れていても、両親の気持ちは常に姉の所にありますよ。
センチメートルそばに居なくても、大きな親子愛はいつも姉を包んでいます。それを本人もいつも感じてると言ってました。』


とりあえず義兄の到着を待ち、一緒にICUへ向かい姉と面会できたのはもう夜の事だったと思います。

消灯少し前にほぼ当日最後になる詳しいメールをしました。

『最初に、、、
姉の開口一番、明日父母が来てくれると言ってもお願いだから断ってね。
とのことでした。


お兄様いらしたので面会しました。
先にまたU先生の話があり、結構長く話されました。
敗血症は、起こりうるものであり、想定内ではあるが、非常に厄介。
それが医師の見解のようです。
潰瘍をステロイドで治しつつ、そうすることで免疫力が弱まるので、本当に気をつけなければならない感染ですが、やはり起きやすいものであることが本当によくわかります。
昨夜の7時には、あんなにニコニコしていた姉。おやすみー(^O^)と部屋を出てきましたがそのあとそんな苦しみがおそってきたとは。

仰々しい機械に囲まれて寝てました。
話によると昨晩熱が上がってきて、夜中ずっと様々な手当をしていたらしいです。で、昨晩採取した血液を検査したところ、敗血症であろうという診断が出た模様。それがわかり、ICUに移ったようです。
血圧が一時は70とかまでさがり意識もうろうとしていたようです。
いま、薬でだいぶあがり喋ることもできるようになりましたが、はっきりとは話せません。
血液中に菌または毒素が流れてるので、効果はわかりませんが脚にカテーテルを通し、そこから透析のような機械を使って血を抜いて毒素をフィルターでこして元に戻す作業を行ってます。
ICUは、患者に触れることはできません。他にも物凄く重症な患者さんが丸見えですのでいたたまれませんでした。

個室にある荷物の一部を明日朝一に、ICUに届けます。
あの部屋も空けなければならないかもしれないです。

ICUあらためて面会大変そうです。』


長い長い一日でした。




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ドナー体験②  

G-CSF注射。
初めて聞いたものです。

今回の骨髄移植は、
末梢血管細胞移植というもので、
とても新しい方法。

日本骨髄バンクのサイト

に、詳しく出ています。

事前に、この方法でのベネフィットとリスクをしっかりと説明していただきました。
病院には、
移植コーディネーターさんという専門の方がいらして、
ドナーの心身を心から気遣ってくださり、どんな小さな質問も、真剣に答えてくださいました。
ですから、私は自分自身には何の不安も持たずに入院しましたし、実際姉に毎日面会時間以外も会えることで、かなりお得な立場だと嬉しいくらいでした。

話は戻りますが…。

細胞採取の日まで、1日2回のこのG-CSF注射は、そのもの自体は少し痛みが強いだけの感覚でしたが、
初日1本目を終えた数時間後から、

予定通りの身体中が絞られる感じの痛みがやってきて、
いやぁ、これは眠れないぞ???
と、思ったものの、これは異常なものではなく、看護士さんの説明だと、運動しすぎて体が痛くなるのと同じで、不安はないものであると。
言われなくとも不安なんぞは全くなかったのですが、、、。

注射の回数が重なるうちにその痛みというものはどんどん強くなり、
思うように動けない事になるんだな…と
初めて実感する。

とはいえ、姉の苦しみを思えば、こんなもの一過性に過ぎない軽すぎるものなんだ。
アセトアミノフェンだけ貰うことにしました。これなら安い薬だし、姉に負担かけることも少なくて済む。

ドナーの入院費は、
患者が支払う。
どうにか自払いにしたかったけどそれは無理みたい。

どうせ食べきれないし、
食事も拒否って好きなパン食べることにしました。

なんでもいいから、姉に必要な細胞作り出さなきゃー!!

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初!ドナー体験  

年が明けました。
予定通り本日に私の入院が始まりました。

初日。朝の到着と、入院の手続きのあと、ピンピンしてる私は姉が最初にここへ来た時の大部屋の窓側ベッドに通されました。
とりあえず着替えてみたりしたけど、何にもすることないし、先ずはテレビカード買ってもらって、早速つけてみる。。
まだ番組はお正月モノばかり。
大して面白くもなく、手持ち無沙汰なタプ相手に会話してみるも続かず(笑)
彼は彼なりに不安なようでした。

もう、いいよ、疲れたでしょ、帰って休んでよ。

タプが病室を出た後、
さて本当にすることがない…(-。-;

持ってきた荷物一つ一つ消毒してみたり、テレビをつけてみたり。

しかし、
お約束の注射1本目を受けて後、、、

そこそこの辛さはやってきました。

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よろしく^^

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